世界屈指の観光都市『パリ』は歴史や文化・芸術の都として、世界中から多くの人が訪れる場所ですよね。
凱旋門を中心に12本の通りが放射状に延びて、主要な広場や宮殿が結ばれている世界でも屈指の美しい都市です。
シャンゼリゼ通りは凱旋門から東に約2キロ伸びていて、ルイ・ヴィトン、カルティエ、シャネルの旗艦店、老舗のカフェ・高級レストランなどがあるパリを代表する通りです。
オー・シャンゼリゼ♪ オー・シャンゼリゼ♫で有名だよ!
またパリの中心を流れるセーヌ川では、2024年のパリオリンピックの開催式が行われた。
セーヌ川はパリを代表する、ノートルダム大聖堂、エッフェル塔、ルーヴル美術館、オルセー美術館に隣接している。そんなパリの観光スポットをセーヌ川も一緒に紹介していきます。
エトワール凱旋門
『エトワール凱旋門』はナポレオンが1806年の「アウステルリッツの戦い」での勝利を記念して、軍事的な勝利を祝うものとして建設を命じて1836年に完成した。
凱旋門の周りの広場のシャルル・ド・ゴール広場は、パリの主要空港「シャルル・ド・ゴール国際空港」の名前にもなっているフランスの軍人シャルル・ド・ゴールから名付けられています。
オスマンのパリ都市計画
凱旋門はパリ全体の都市計画のランドマークになっていて、凱旋門の上からは美しく設計されたパリのまちがみられます。
1853年から1870年のオスマンのパリの都市計画に、たくさんの狭くて曲がりくねったパリ中世の通りを取り壊し、凱旋門を中心とした放射状の広い直線上の道路網を整備されました。
これによって近代的な大都市へと変貌させ、世界の都市計画にも大きな影響を与えた。いまでもパリの美しさと統一感を保つため、建物の高さやファサードのデザインまで細かい規制があります。
このエトワール凱旋門はルーブル美術館の正面にある小さな凱旋門「カルーゼル凱旋門」と直線上になっていて、その反対側には第3の凱旋門・新凱旋門の「グランダルシュ」の門の形をした高層ビルがある。
またエトワール凱旋門から伸びた12本の道路はエトワール(星)の名前の由来になっています。
ノートルダム大聖堂
『ノートルダム大聖堂』は1163年に建設が始まり1345年に完成、約180年かけて建てられたゴシック建築で世界で最も有名なカトリック教会の1つです。
2019年4月に大規模な火災が発生して屋根や尖塔が崩壊、2024年12月に修復が終わり再開する予定です。
写真は火災前のノートルダム大聖堂の様子。セーヌ川がすぐ横を流れていてパリの人々の憩いの場になっていた。
パリのゼロ地点『ポイントゼロ』
大聖堂の前にある広場にはフランスのゼロ地点「ポイントゼロ(Point Zéro des routes de France)」がある。
設置は1924年にされたがその起源は古く、中世からフランスの道路距離を計測する重要な基準点となっている。凱旋門やエッフェル塔などと勘違いする人も多いが、ノートルダム大聖堂がパリの中心になっている。
ディズニー映画『ノートルダムの鐘』
ノートルダム大聖堂はディズニー映画「ノートルダムの鐘」の舞台になっている。
ノートルダムの鐘ではビランズキャラクター「フロロー」によってパリの街に火災が引き起こされる場面がありノートルダム大聖堂の火災と重なる部分がある。
東京ディズニーランドのショーベースで2019年まで行われていたショー「ワンマンズ・ドリーム Ⅱ」にはフロローが登場していて、ノートルダム大聖堂の火災の後からは「まちじゅう焼きつくしてやる」というセリフがなくなって配慮されるようになった。
内部のステンドグラス・礼拝堂
大聖堂の内部は高い天井の空間と側廊にはいくつかの小さな礼拝堂がある。
ノートルダム大聖堂は大きなステンドグラスが有名で、聖書の物語・生涯を描かれている「バラ窓」というステンドグラスが内部の空間を幻想的な雰囲気にしている。
エッフェル塔
『エッフェル塔』は1889年のパリ万博のためにつくられ、高さ312.3mは当時の世界一高い建築物だった。建設当時は多くの芸術家から奇抜な外観が醜いなどの批判をされていた。
名前になっている設計者エッフェルは「エッフェル塔のフォルムは風を創造した」というように風を感じるような曲線的なデザインに設計した。
塔は約18,000個の軽量の鉄骨と250万個のリベットで結合され、高い風でも安定性を保てるようにトラス構造によって風を隙間から逃し、曲線的な尖塔構造が風圧と塔の重量を地面へ逃がす設計にすることで、軽量でありながら当時世界一高い建築物を実現できた。
第一層(57m)
塔には3つの展望台があって、エレベーター or 階段(値段が違う)で登ることができる。
最も低い第一層にはレストランや展示スペースのほか、透明な強化ガラスで空中に浮かんでいるような体験もできる。
第二層(115m)
第二層はパリを360度一望できるデッキが。
最上層(276m)
最も高い最上層はパリを見下ろす感じでここからの眺めは圧巻だ。
風が強いと冬場などは少し大変なのと、展望スペースが狭く人が密集するのでスリなどには少し注意したほうがいい。また最上層は階段はなくエレベーターのみなので、行き帰りで混み合うので十分に時間に余裕を持ったほうがいい。
エッフェル塔からはパリの有名スポットも見下ろすことができる。
ルーブル美術館
『ルーブル美術館』は収蔵品38万点以上の世界で一番の入場者数の多い、パリで最も有名な美術館です。
モナ・リザ
誰もが知っているレオナルド・ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』の前にはルーブルで1番の人集りになっている。
多くのヨーロッパの美術館は敷居なく絵画を触れる距離で鑑賞できるが、モナ・リザは人類の遺産であり様々な事件が引き起こされてきたので、近距離に近づけないように敷居が設けられ絵画には防弾ガラスでしっかりと守られている。
民衆を導く自由の女神
ドラクロアの『民衆を導く自由の女神』はフランス革命を象徴する有名な作品です。
この絵画はイギリスのロックバンドColdplayの代表曲の一つ「Viva la Vida」のジャケットに使われていることでも有名です。
王様が地位を失ったあと、孤独や絶望を描いた曲が絵画とマッチ♫
ナポレオンの美術品収集
ルーブル美術館の作品の多くはナポレオンやフランス王家の戦争・植民地支配によって獲得したものがたくさんある。
なかには奪う・盗むはしてないが無料同然で強引に購入して、実質的に美術品を奪うようなことも行われてきた。そんな背景からフランスのルーブル美術館にギリシャの古代彫刻『ミロのヴィーナス』のようなものがたくさん展示させている。
またナポレオンのエジプト遠征時には多くの古代遺物を持ち帰ったほか、ヨーロッパ各地・アジアからも歴史的な征服活動や収集活動の結果によって展示されているものが多い。
ルーブルはもともと宮殿
もともとはフランス国王のルーヴル宮殿として建てられたが、その後美術館として増改築されてきた。
1989年にはガラスのピラミッドが中央の中庭に完成して、現代建築と歴史的建築がうまく調和した美術館になった。
ポン・デ・ザール(芸術橋)
ルーブル美術館のそばのセーヌ川にかかる歩行者専用の橋「ポン・デ・ザール」はかつては恋人橋ともよばれ、愛を誓った恋人達の南京錠が山のようにかけられていた。
約70万個・重さゾウ20頭分以上南京錠がかけられていたことで橋が崩壊、景観を害する懸念からも2015年6月に南京錠は全て撤去された。いまはガラス板で覆われて南京錠はなくなっている。
印象派・現代アートの美術館
オルセー美術館
『オルセー美術館』はかつて鉄道の駅舎オルセー駅を美術館として印象派やポスト印象派の作品が多く展示されている。
ゴッホ、ルノワール、モネ、マネなど印象派の素晴らしい作品がたくさんあって、駅舎の雰囲気がとても素敵な空間になっています。
印象派が大好きな僕にとって、美術館のなかでは一番好き!
オランジュリー美術館
印象派好きに外せないパリのもう一つの美術館が、モネの睡蓮で有名な『オランジュリー美術館』です。
モネの睡蓮は世界中の美術館にたくさんあるが、オランジュリー美術館の睡蓮の間には360度で8枚の巨大な睡蓮を楽しむことができる。太陽光が入る空間なので、自然の中で睡蓮をみているような感覚になれます。
ポンピドゥー・センター
『ポンピドゥー・センター』は現代アートと文化の複合施設で現代アートの美術館のほか、図書館や映画館や劇場などの施設もある。
建物は外側に配管や構造部材が露出させて内部のスペースを最大限に活用できるような独特のデザインになっている。
アンヴァリッド廃兵院『ナポレオンの石棺』
『アンヴァリッド廃兵院』は観光名所としてだけでなく退役軍人のための居住施設としての機能を果たしており、軍事関連の記念式典や公式行事も行われている施設。
ドームの大きな吹き抜けにナポレオンの遺体が入った大きな石棺が置かれている。それを囲むようにしてナポレオンの親族やフランスの著名な軍事関連の著名人が安置されている。
サクレ・クール寺院と治安
モンマルトルの丘の頂上にある『サクレ・クール寺院』はパリ市内の多くの場所からその白い外観を見ることができるのでパリの象徴的な建物になっている。
寺院の白くきれいな外観と内部のモザイク画そして頂上からのパリの眺望が格別な場所です。
周辺地域は治安はあまり良くない。モンマルトンの丘の周辺は浮浪者が多く住む地域で寺院周辺も物売りやジプシーが多くいるので注意したほうがいい。